philosophy

philosophy2013/03/29

私の中の「オーガニック」

ヨガをすると、自分の中で最も本質的な部分に戻ってくる感覚がある。
だから、どんどん、だんだん自身にとって最も気持ちいいものを選ぶようになり、自然派志向になる人が多いのだと思う。
それは、ルールや概念に従おうとするからというより、自分の中の体験としてそんな「感覚」が芽生えてくるから、なんら逆らえない真実として、本当に気持ちいい!正しい!と感じる、納得いくものを、自身の生活において選択していくことだと思う。

私は家で紅茶を飲む時、このdecaf teaが好き。
decafじゃないものに劣らない、むしろ普通の紅茶よりおいしい風合い。…なんだけど、正直言っちゃうと、オーガニックだったらなおbetterなのに、と思ってしまう自分もいます。

でもオーガニックの紅茶って、なかなかあまりおいしいのがなくて、いろいろ試しているけど未だ納得のいくオーガニック紅茶に出会ったことがありません。

私の中のオーガニックって、格好つけるためでもないし、ファッショナブルであるためでもない。
だから、味をそうそう犠牲にできない。

最近はオーガニックをうたうファッションブランド、カフェ、サロンなどいろいろあるけど、私の中のオーガニックって、本当にORGANIC = 自然に親しみ、ゆったりと質素なもの。そのためには、主婦感覚で買い求められるものであってほしいのです。

一時の流行のように「オーガニック!」って騒いで、格好付けて終わるものであってほしくない。

だから、これからの時代「オーガニック」をビジネスにつなぎ、多くの人々に提供していく人達は、お茶一つとっても、オーガニックではないものよりおいしい「オーガニック」を作らなくてはならないと思っています。

値段の面でも、原価がもっとかかるという実情がありながらも、消費者にとっては主婦視線で買い求めてほしいと望むので、最安値!とまではいかなくても、少なくてもnonオーガニックのものと対抗できるような価格帯であってほしい。

ようするに、オーガニックが本当にいいからと言って、オーガニックの普及に努めるものは、オーガニックを「普通」のものにしていかなければならない。背伸びするものじゃなくて。

デザイン性、機能、味なんかで「ちょっと我慢して!」って消費者に対して言わなければならない内容で「オーガニック」なんて言い出したって、しょうがないと思うのです。そんなの、ある意味、変革期である今の時代に、大切な選択を変えようとしている庶民に、ちょっと無理な注文をつけるようなことではないかと思うのです。

確かに、私達は人間として、過去の人間が地球に、人に、そして「健康」というものに対して行ってきた”あやまち”を修正していかなければならない時代に来ていると思います。

でもね、このあやまちは”あやまち”。だって、過去の人間だって、悪意をもってやってきたというより、その時はその時の理由があったのだと思うのです。農薬を使って、生産量を莫大に増やし、価格を下げていった。そしてこれまでの私達は、そのことによって利便性や手っ取り早さなど、何かを得てきたことは間違いないのだから、そのすべてを「悪いもの」として一概に否定することはできないと思う。

この”あやまち”は無知によるもの。
あの時、その選択を選んだ人間、そしてそれを購入してきた人間は、地球に対して、人に対して、自分に対して悪さをしようとしてきたのではなく…。
ただ、ビジョンが足りなかったのだと思う。
そのことは、過去の自分の個人的な”あやまち”を否定することができないのと同じように、過去の人間がしてきたことも否定できない。

そんな今ある事実を受け入れることが、今の私の中で一番心が落ち着くところ。
だって、今の自分だって、完全ではないのだし、未来の自分から見たら、まだまだ未熟な、無知なところがあると思うから。

私達は、いつも発展途上中。
人間は、人間である以上、”あやまち”は避けられないこと。
けど、それはいつだって最終的な終止符でもない。

だからこそ、気づき始めたら変革を起こし、新たな選択をしていく勇気とintegrityが大切だと思う。

Integrity.

i LOVE that word.

なーんて、あくまで個人論ですが。。。

そしてさらに、オーガニックアイテムのプロデュースに関わるようになった今、自分で自分に思いっきり火をつけるようなことを言っていますが…、

本当に思うんです。

こういうこと。

「ベジタリアン」についても同じ。

ベジタリアンでありながら、ノンベジの人々を否定していたり、ストイックでひもじそうな食生活をしていたら、世の中が「ベジタリアンとはそういう人」と思う機会が増えてしまうでしょう。そんなの、残念すぎる。
ベジタリアン。健康的であってこそ、happyであってこそ。背伸びして無理なルールに従うのではなく、心身ともに納得のいく選択である時に、選んだらいい。

オーガニック。

おいしいから。気もちいいから。最高だから!

大自然の力に戻ることで、納得のいく、究極的に気持ちいい品をつくって行くことは可能です。再生するのに、少々時間がかかるダメージもありますが、生命は、必ず再生していきます。
そして人間が手を加えるものより、遥かにおいしい!気持ちいい!最高なものをつくってくれます。

結局、人だって大自然に基づく、生命の一部なのですから、それはもう母の懐に返るように、あったりまえで安心感ある、温かなぬくもりだと、間違えなく感じられるでしょう。

それだけで、十分ではないでしょうか?

きっとそんな大切であったりまえなことを再確認し、互いに目を見つめ合い、うなずき合う未来が、近い将来にくるのではないかと思う。

※More about オーガニックコットンや「気づき」については、こちらの過去の記事(2011/12/07)を見てみてくださいね。


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2013/03/29

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