philosophy

philosophy2011/09/13

橋渡しのフィロソフィー



インターナショナルスクールに通って育った私は、実はあまり日本語を得意としていません。

インターナショナルスクールとは、基本的に日本在住の外国人ファミリーの子供向けに作られた学校で、学校のカリキュラムはすべてアメリカ同様に行われます。9月から始まる一年は3学期に分かれており、秋/冬/春学期と続きます。夏の間は6月−8月、約3ヶ月の長い夏休みです。

 

私の母はアメリカ系のハーフで、私は4人兄弟の末っ子。姉や兄に続くようにインターナショナルスクールに入学しました。

もちろん、授業はすべて英語。日本語を学びたい場合は外国語として選択するしかありません。私は日本人なのできちんと日本語も学びたいと思い、中学時代から外国語の選択授業はずっと日本語を選んできました。それでも週に1、2度のクラスでは漢字力も国語力も追いつく訳がありません。ずっと日本で暮らしてきているので、会話や意思を伝えることには特に問題がありませんが、理科や数学や歴史、すべての学問を英語で学び続けてきただけに日本語で専門的な言葉が入ってくるとわからなくなったりします。

 

また、日本語は漢字がベースなので字を書いて覚える言語ですが、英語は耳で覚える音の言語です。私は時々耳で日本語を覚えて、間違えて言ってしまうことがあります。

「めいちゃん、よく手紙を書くよね〜」

「そうなの。まめ筆なの」

「なにそれ、ちっちゃな筆?それ言うなら筆まめでしょ!」

と言う感じで突っ込まれることがしばしばあります。

 

インターナショナルスクール出身といえば、外国から来て外国へ戻る人以外に、外国から戻ってきた帰国子女や、私のように日本で生まれ、日本で暮らすハーフやクォーターの人も少なくありません。

このような環境で育った人たちは、バイリンガルのサブカルチャーだと言えます。日本で暮らしながらもアメリカの教育システムで育ってきたインターナショナルスクール系の人たちは、言語的にも文化的にも日本とアメリカの両方をまたいでいます。その分、英語力を活用した橋渡しのようなキャリアに着く人も少なくありません。

 

インターナショナルスクール出身のサブカルチャーでは、日本語−英語のバイリンガルがほとんどであるため、「まぜ語」というものが存在します。私や私の兄弟や友達も、この「まぜ語」というものが得意です。日本語−英語のまぜ語とは、両言語を好きなようにチャンポンしながら会話を進めることです。

 

例えば「Can you get me that リモコン?」

(訳:そのリモコン取ってくれる?)

のように、基本的に早く、滑らかに流れる英語を使用し、Remote Control (リモートコントロール)のように長くなる箇所だけ日本語の略語を組み込むパターンは多いです。

 

そして、どうしても日本語ではないと伝わらないニュアンスの言葉。これは英語ベースの教育を受けてきていても、日本文化に浸って暮らすサブカルチャーの人ならでは必要性を感じることではないかと思います。

 

例えば「Oh my god! That’s so やばい」

(訳:オーマイゴッド!それかなりやばい)

といったように「やばい」というニュアンスはなかなか英語で伝えられる類語がないのです!

 

私自身、ヨガを勉強するのもローフードを勉強するのも、基本的に英語で行います。ヨガの場合英訳されている文献の方が圧倒的に多いですし、精神的なことや内的なことに関しては日本語がとても難しくなるので、英語の方が遥かに吸収しやすいと感じます。ローフード栄養学に関しては、まだまだ新しい分野であるだけ、インターネットを通して読める情報など、最新なものはやはり英語なのです。そういう意味で、私も自分が英語で勉強して、試してみて経験をもって感じたものを日本のみんなとシェアして行くにあたって、橋渡し的な仕事をしているのかなと思います。

 

書くことは昔から好きで、勉強になる本を読みながらノートを取ったりする他、手紙を書くことが好きです。それでもずっと英語で教育を受けてきた私が、初めて出版されたエッセイが日本語だったことは自分の中でも結構意外でした。悪戦苦闘しながら、一つひとつ学び続けています。今でもそうですが、私の日本語はボキャブラリーが少ないので、よく辞書を使います。書いている時に思いついた表現が英語の場合は、いつも辞書を使ってそれに一番近い日本語を探し、活用しています。このようなプロセスもとても勉強になるので、決して苦だと感じていませんが、普通のエッセイイストや著者の方とはアプローチがひと味違うのかな、とも思います。

 

でも逆にボキャブラリーが豊富でないから、ハートを伝えることを中心に、ストレートに書くことができるのではないかとも思います。格好つけたり響きがきれいに聞こえることではなくて、伝わる「意味」、ハートで感じることが一番大切だと思うのです。ヨガの世界のことなんて特に、頭を使って難しく考えることではなく、一番大切なことはやっぱり、子供にだってわかる、本当にシンプルなことなのです。

 

エッセイを書き始めてから約5年。実は今月は私にとって一つの節目となる大きな月なのです。初めての書籍が出版され、今月下旬に発売されます。『裸足のままで』というタイトルなのですが、私のブログを一冊にまとめた作品です。私の日々の生活を通してヨガ、そして自然とともに歩むライフスタイルをシェアしています。今まで書きためてきたブログを新しい形で振り返れるようMother Nature (母なる大自然), Yoga Life(ヨガライフ), Healing Foods(ヒーリングフーズ), Birth(妊娠・出産), Love(愛)という5つの章に分けました。私にとって初著書となるこの作品の一つのポイントは、各章の冒頭部分に加えた、章のテーマに添ったエッセイ。どれも大きなテーマなのですが、それは今の私がそのテーマについて感じていることを綴った、私から読者の方々へのお手紙のようなもの...

よかったら、ぜひお手に取ってみてください。

 

※このエッセイは2009年10月~2010年5月まで花王「フィトマックス」のホームページにて掲載されました。

 

 


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2011/09/13

インターナショナルスクールに通って育った私は、実はあまり日本語を得意としていません。 インターナショナルスクールとは、基本的に日本在住の外国人ファミリーの子供向けに作られた学校で、学校のカリキュラムはすべてアメリカ同様に行われます。9月から始まる一年は3学期に分かれており、秋/冬/春学期と続きます。夏の間は6月−8月、約3ヶ月の長い夏休みです。   私の母はアメリカ系のハーフで、私は4人兄弟の末っ子。姉や兄に続くようにインターナショナルスクールに入学しました。 もちろん、授業はすべて英語。日本語を学びたい場合は外国語として選択するしかありません。私は日本人なのできちんと日本語も学びたいと思い、中学時代から外国語の選択授業はずっと日本語を選んできました。それでも週に1、2度のクラスでは漢字力も国語力も追いつく訳がありません。ずっと日本で暮らしてきているので、会話や意思を伝えることには特に問題がありませんが、理科や数学や歴史、すべての学問を英語で学び続けてきただけに日本語で専門的な言葉が入ってくるとわからなくなったりします。   また、日本語は漢字がベースなので字を書いて覚える言語ですが、英語は耳で覚える音の言語です。私は時々耳で日本語を覚えて、間違えて言ってしまうことがあります。 「めいちゃん、よく手紙を書くよね〜」 「そうなの。まめ筆なの」 「なにそれ、ちっちゃな筆?それ言うなら筆まめでしょ!」 と言う感じで突っ込まれることがしばしばあります。   インターナショナルスクール出身といえば、外国から来て外国へ戻る人以外に、外国から戻ってきた帰国子女や、私のように日本で生まれ、日本で暮らすハーフやクォーターの人も少なくありません。 このような環境で育った人たちは、バイリンガルのサブカルチャーだと言えます。日本で暮らしながらもアメリカの教育システムで育ってきたインターナショナルスクール系の人たちは、言語的にも文化的にも日本とアメリカの両方をまたいでいます。その分、英語力を活用した橋渡しのようなキャリアに着く人も少なくありません。   インターナショナルスクール出身のサブカルチャーでは、日本語−英語のバイリンガルがほとんどであるため、「まぜ語」というものが存在します。私や私の兄弟や友達も、この「まぜ語」というものが得意です。日本語−英語のまぜ語とは、両言語を好きなようにチャンポンしながら会話を進めることです。   例えば「Can you get me that リモコン?」 (訳:そのリモコン取ってくれる?) のように、基本的に早く、滑らかに流れる英語を使用し、Remote Control (リモートコントロール)のように長くなる箇所だけ日本語の略語を組み込むパターンは多いです。   そして、どうしても日本語ではないと伝わらないニュアンスの言葉。これは英語ベースの教育を受けてきていても、日本文化に浸って暮らすサブカルチャーの人ならでは必要性を感じることではないかと思います。   例えば「Oh my god! That’s so やばい」 (訳:オーマイゴッド!それかなりやばい) といったように「やばい」というニュアンスはなかなか英語で伝えられる類語がないのです!   私自身、ヨガを勉強するのもローフードを勉強するのも、基本的に英語で行います。ヨガの場合英訳されている文献の方が圧倒的に多いですし、精神的なことや内的なことに関しては日本語がとても難しくなるので、英語の方が遥かに吸収しやすいと感じます。ローフード栄養学に関しては、まだまだ新しい分野であるだけ、インターネットを通して読める情報など、最新なものはやはり英語なのです。そういう意味で、私も自分が英語で勉強して、試してみて経験をもって感じたものを日本のみんなとシェアして行くにあたって、橋渡し的な仕事をしているのかなと思います。   書くことは昔から好きで、勉強になる本を読みながらノートを取ったりする他、手紙を書くことが好きです。それでもずっと英語で教育を受けてきた私が、初めて出版されたエッセイが日本語だったことは自分の中でも結構意外でした。悪戦苦闘しながら、一つひとつ学び続けています。今でもそうですが、私の日本語はボキャブラリーが少ないので、よく辞書を使います。書いている時に思いついた表現が英語の場合は、いつも辞書を使ってそれに一番近い日本語を探し、活用しています。このようなプロセスもとても勉強になるので、決して苦だと感じていませんが、普通のエッセイイストや著者の方とはアプローチがひと味違うのかな、とも思います。   でも逆にボキャブラリーが豊富でないから、ハートを伝えることを中心に、ストレートに書くことができるのではないかとも思います。格好つけたり響きがきれいに聞こえることではなくて、伝わる「意味」、ハートで感じることが一番大切だと思うのです。ヨガの世界のことなんて特に、頭を使って難しく考えることではなく、一番大切なことはやっぱり、子供にだってわかる、本当にシンプルなことなのです。   エッセイを書き始めてから約5年。実は今月は私にとって一つの節目となる大きな月なのです。初めての書籍が出版され、今月下旬に発売されます。『裸足のままで』というタイトルなのですが、私のブログを一冊にまとめた作品です。私の日々の生活を通してヨガ、そして自然とともに歩むライフスタイルをシェアしています。今まで書きためてきたブログを新しい形で振り返れるようMother Nature (母なる大自然), Yoga Life(ヨガライフ), Healing Foods(ヒーリングフーズ), Birth(妊娠・出産), Love(愛)という5つの章に分けました。私にとって初著書となるこの作品の一つのポイントは、各章の冒頭部分に加えた、章のテーマに添ったエッセイ。どれも大きなテーマなのですが、それは今の私がそのテーマについて感じていることを綴った、私から読者の方々へのお手紙のようなもの... よかったら、ぜひお手に取ってみてください。 [...]

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