philosophy

philosophy2011/10/07

宿題:車内の観察

Amazing… and so INTERESTING!!

実はこれ、Mae’sマイソールクラスの生徒さんが提出してくれた宿題なのです。あまりにも興味深い内容だったので、みんなともシェアしたいと思い、彼女の承諾を得てここで紹介させていただきます。

まずは、その経緯から。

完全メンバー制で、伝統的アシュタンガヨガを伝えているvedaの中心プログラム「Mae’s マイソール」。このクラスに限り、生徒さんたちと個別に面談の時間を設けさせていただいています。このクラスでは、継続的に自分に最も適したヨガのプラクティスを身につけていただくことが目的なので、お互いをより良く知り、そして一人ひとりの状況に合った形で、ヨガを生活に取り入れ役立てていくため、面談では差し障りのない範囲で、様々なことをお話します。

先月、新たにメンバーに加わったAさんは、結構遠いところから通う決心をされた方です。その理由を聞くと、近所のジムでヨガクラスに参加した時、「何となく、うーん、きっともっと何かあるはず」と思ったそうです。ここ数年の間で、ヨガはとてもポピュラーになりましたが、何かが広まるということは、ある一面では浅くなることでもあり、同じヨガでも様々な捉え方や伝え方があります。従って、ヨガクラス一つをとっても、まったく経験が違ったりもします。それでも、「近所の方が近いし、安いし」と安易な理由からクラスに参加し続けたり、またはそれ以上を求めることなくやめてしまう方も少なくないと思います。そんな中、Aさんがvedaを選んでくれたことは、私たちにとっても非常にうれしいことです。

同時に、初心者の彼女が「ヨガ」という経験に「何かもっと」を求めるなんて、なんてすばらしい感性をしているのだろうと私は感心しました。

そして彼女に聞きました。「毎朝、長時間の往復の電車では、何をしているのですか?」

Aさん:「うーん、何となくただぼーっとしています」

私は彼女のような貴重な洞察力を放っておくことはもったいないと思い、「初めての面談でこんなことを言うこともめったにないのですが、早速ですが、一つ宿題を出してもいいですか?」と尋ねたのです。

そうして、彼女にvedaに通う毎日の電車で、周りの人たちをよーく観察してください、とお願いしたのです。良い・悪いといった判断は一切不要なので、まずはその時間、自分を取り巻く人達がどんな風に時間を過ごしているか、どういう感じの人なのかを、よーく観察してみてくださいとお願いしました。

私からの宿題の課題はそれだけだったのですが、それから一週間程が経って、なんとAさんは、自ら観察結果をノートに書いて提出してくれました。それがとても面白かったので、みなさんとシェアさせていただきます。(Aさんは見事に善し悪しをジャッジすることなく、純粋に観察してくれました!)

これは私の個人的な意見に過ぎないのですが、電車に乗っている人たちの観察とは、東京における「世間の主流」でもあると思います。日本は集団社会なので、「出る杭は打たれる」、「世間一般と自分の在り方や価値観を合わせるべき」との考え方がどこか深くに潜んでいると感じることがありますが、改めて自分に問いかけるべきだと思うのです。「自分の生き方を合わせようとしている社会の主流水準とは、いったい本当に健康でhappyなものなのだろうか?!」

Thanks, Aさん!You have wonderful insight… and するどい観察力☆

Enjoy.

ーーー

宿題:車内の観察

始発前後
座席は空席あり。
立っている人はいない。
少しずつ間を空けて皆着席。
眠っている人と携帯を見ている人がほとんど。
何もしていない人は、たいてい5分以内に降りる。

7:00~9:00 上り(都心)
座っている人、立っている人、立っている人同士触れ合う位混んでいる。
お互い、「自分はあなたのことを見ていません!」気配を消している..。いないフリ、何もしてないフリ。息を殺す。

7:00~9:00 下り(郊外)
教材を読んでいる人がいる。
あまり混んでいないので、立っていても本を開いて読める程度。バッグを床に置いても大丈夫。

昼間
サラリーマン以外の人が思い思いに好きなことをやっている。
座っている人+たまに立っている人、位の混雑なので、しゃべっている人もいる。(→満員列車だと「静かに!」というプレッシャーがすごい)
眠っている人は案外少なくて、パズルをする人、新聞や小説を読む人、スケッチブックに何かを書いている人、必死で顔をかいている人(かゆい)、指を噛むのに100%の人、吊り広告を読みながら順番に歩いて移動する人。


お疲れが加速。靴やサンダルを半分脱いで足を休めている人が増える。
寝方に「ダラーン系」(背もたれに緩やかに寄りかかるタイプ)に、前につっぷして眠る人もプラス。
立っている人は、柱や壁に寄りかかりたい。
端の座席で、視界を囲うようにして22:00以降、イヤホンありでスマートフォンを見ている人は大人向け動画(x_x)を見ている率高し。
目が充血、顔は無表情...。


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2011/10/07

Amazing… and so INTERESTING!! 実はこれ、Mae’sマイソールクラスの生徒さんが提出してくれた宿題なのです。あまりにも興味深い内容だったので、みんなともシェアしたいと思い、彼女の承諾を得てここで紹介させていただきます。 まずは、その経緯から。 完全メンバー制で、伝統的アシュタンガヨガを伝えているvedaの中心プログラム「Mae’s マイソール」。このクラスに限り、生徒さんたちと個別に面談の時間を設けさせていただいています。このクラスでは、継続的に自分に最も適したヨガのプラクティスを身につけていただくことが目的なので、お互いをより良く知り、そして一人ひとりの状況に合った形で、ヨガを生活に取り入れ役立てていくため、面談では差し障りのない範囲で、様々なことをお話します。 先月、新たにメンバーに加わったAさんは、結構遠いところから通う決心をされた方です。その理由を聞くと、近所のジムでヨガクラスに参加した時、「何となく、うーん、きっともっと何かあるはず」と思ったそうです。ここ数年の間で、ヨガはとてもポピュラーになりましたが、何かが広まるということは、ある一面では浅くなることでもあり、同じヨガでも様々な捉え方や伝え方があります。従って、ヨガクラス一つをとっても、まったく経験が違ったりもします。それでも、「近所の方が近いし、安いし」と安易な理由からクラスに参加し続けたり、またはそれ以上を求めることなくやめてしまう方も少なくないと思います。そんな中、Aさんがvedaを選んでくれたことは、私たちにとっても非常にうれしいことです。 同時に、初心者の彼女が「ヨガ」という経験に「何かもっと」を求めるなんて、なんてすばらしい感性をしているのだろうと私は感心しました。 そして彼女に聞きました。「毎朝、長時間の往復の電車では、何をしているのですか?」 Aさん:「うーん、何となくただぼーっとしています」 私は彼女のような貴重な洞察力を放っておくことはもったいないと思い、「初めての面談でこんなことを言うこともめったにないのですが、早速ですが、一つ宿題を出してもいいですか?」と尋ねたのです。 そうして、彼女にvedaに通う毎日の電車で、周りの人たちをよーく観察してください、とお願いしたのです。良い・悪いといった判断は一切不要なので、まずはその時間、自分を取り巻く人達がどんな風に時間を過ごしているか、どういう感じの人なのかを、よーく観察してみてくださいとお願いしました。 私からの宿題の課題はそれだけだったのですが、それから一週間程が経って、なんとAさんは、自ら観察結果をノートに書いて提出してくれました。それがとても面白かったので、みなさんとシェアさせていただきます。(Aさんは見事に善し悪しをジャッジすることなく、純粋に観察してくれました!) これは私の個人的な意見に過ぎないのですが、電車に乗っている人たちの観察とは、東京における「世間の主流」でもあると思います。日本は集団社会なので、「出る杭は打たれる」、「世間一般と自分の在り方や価値観を合わせるべき」との考え方がどこか深くに潜んでいると感じることがありますが、改めて自分に問いかけるべきだと思うのです。「自分の生き方を合わせようとしている社会の主流水準とは、いったい本当に健康でhappyなものなのだろうか?!」 Thanks, Aさん!You have wonderful insight… and するどい観察力☆ Enjoy. ーーー 宿題:車内の観察 始発前後 座席は空席あり。 立っている人はいない。 少しずつ間を空けて皆着席。 眠っている人と携帯を見ている人がほとんど。 何もしていない人は、たいてい5分以内に降りる。 7:00~9:00 上り(都心) 座っている人、立っている人、立っている人同士触れ合う位混んでいる。 お互い、「自分はあなたのことを見ていません!」気配を消している..。いないフリ、何もしてないフリ。息を殺す。 7:00~9:00 下り(郊外) 教材を読んでいる人がいる。 あまり混んでいないので、立っていても本を開いて読める程度。バッグを床に置いても大丈夫。 昼間 サラリーマン以外の人が思い思いに好きなことをやっている。 座っている人+たまに立っている人、位の混雑なので、しゃべっている人もいる。(→満員列車だと「静かに!」というプレッシャーがすごい) 眠っている人は案外少なくて、パズルをする人、新聞や小説を読む人、スケッチブックに何かを書いている人、必死で顔をかいている人(かゆい)、指を噛むのに100%の人、吊り広告を読みながら順番に歩いて移動する人。 夜 お疲れが加速。靴やサンダルを半分脱いで足を休めている人が増える。 寝方に「ダラーン系」(背もたれに緩やかに寄りかかるタイプ)に、前につっぷして眠る人もプラス。 立っている人は、柱や壁に寄りかかりたい。 端の座席で、視界を囲うようにして22:00以降、イヤホンありでスマートフォンを見ている人は大人向け動画(x_x)を見ている率高し。 目が充血、顔は無表情...。

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2011/09/28

マイソールメンバーのAさんが、とってもinspirationalなマザー・テレサの言葉をシェアしてくれました。私にとっても本当にすんなりと、そして深くしっくり、温められ、また勇気づけられる言葉なので、ここでもみんなとシェアしたいと思いました。 Hari Om… Mother Theresa! Thank you for your love and blessings. May they be shared with All!   『あなたの中の最良のものを』 人は不合理、非論理、利己的です 気にすることなく、人を愛しなさい あなたが善を行うと、 利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう 気にすることなく、善を行いなさい 目的を達しようとするとき、 邪魔立てする人に出会うでしょう 気にすることなく、やり遂げなさい 善い行いをしても、 おそらく次の日には忘れられるでしょう 気にすることなく、し続けなさい あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう 気にすることなく、正直であり続けなさい あなたが作りあげたものが、壊されるでしょう 気にすることなく、作り続けなさい 助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう 気にすることなく、助け続けなさい あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい たとえそれが十分でなくても 気にすることなく、最良のものをこの世界に与え続けなさい 最後に振り返ると、あなたにもわかるはず 結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです ~マザー・テレサ Do It Anyway People are often unreasonable, illogical, and self-centered; Forgive [...]

TeresaMother




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2011/09/13

インターナショナルスクールに通って育った私は、実はあまり日本語を得意としていません。 インターナショナルスクールとは、基本的に日本在住の外国人ファミリーの子供向けに作られた学校で、学校のカリキュラムはすべてアメリカ同様に行われます。9月から始まる一年は3学期に分かれており、秋/冬/春学期と続きます。夏の間は6月−8月、約3ヶ月の長い夏休みです。   私の母はアメリカ系のハーフで、私は4人兄弟の末っ子。姉や兄に続くようにインターナショナルスクールに入学しました。 もちろん、授業はすべて英語。日本語を学びたい場合は外国語として選択するしかありません。私は日本人なのできちんと日本語も学びたいと思い、中学時代から外国語の選択授業はずっと日本語を選んできました。それでも週に1、2度のクラスでは漢字力も国語力も追いつく訳がありません。ずっと日本で暮らしてきているので、会話や意思を伝えることには特に問題がありませんが、理科や数学や歴史、すべての学問を英語で学び続けてきただけに日本語で専門的な言葉が入ってくるとわからなくなったりします。   また、日本語は漢字がベースなので字を書いて覚える言語ですが、英語は耳で覚える音の言語です。私は時々耳で日本語を覚えて、間違えて言ってしまうことがあります。 「めいちゃん、よく手紙を書くよね〜」 「そうなの。まめ筆なの」 「なにそれ、ちっちゃな筆?それ言うなら筆まめでしょ!」 と言う感じで突っ込まれることがしばしばあります。   インターナショナルスクール出身といえば、外国から来て外国へ戻る人以外に、外国から戻ってきた帰国子女や、私のように日本で生まれ、日本で暮らすハーフやクォーターの人も少なくありません。 このような環境で育った人たちは、バイリンガルのサブカルチャーだと言えます。日本で暮らしながらもアメリカの教育システムで育ってきたインターナショナルスクール系の人たちは、言語的にも文化的にも日本とアメリカの両方をまたいでいます。その分、英語力を活用した橋渡しのようなキャリアに着く人も少なくありません。   インターナショナルスクール出身のサブカルチャーでは、日本語−英語のバイリンガルがほとんどであるため、「まぜ語」というものが存在します。私や私の兄弟や友達も、この「まぜ語」というものが得意です。日本語−英語のまぜ語とは、両言語を好きなようにチャンポンしながら会話を進めることです。   例えば「Can you get me that リモコン?」 (訳:そのリモコン取ってくれる?) のように、基本的に早く、滑らかに流れる英語を使用し、Remote Control (リモートコントロール)のように長くなる箇所だけ日本語の略語を組み込むパターンは多いです。   そして、どうしても日本語ではないと伝わらないニュアンスの言葉。これは英語ベースの教育を受けてきていても、日本文化に浸って暮らすサブカルチャーの人ならでは必要性を感じることではないかと思います。   例えば「Oh my god! That’s so やばい」 (訳:オーマイゴッド!それかなりやばい) といったように「やばい」というニュアンスはなかなか英語で伝えられる類語がないのです!   私自身、ヨガを勉強するのもローフードを勉強するのも、基本的に英語で行います。ヨガの場合英訳されている文献の方が圧倒的に多いですし、精神的なことや内的なことに関しては日本語がとても難しくなるので、英語の方が遥かに吸収しやすいと感じます。ローフード栄養学に関しては、まだまだ新しい分野であるだけ、インターネットを通して読める情報など、最新なものはやはり英語なのです。そういう意味で、私も自分が英語で勉強して、試してみて経験をもって感じたものを日本のみんなとシェアして行くにあたって、橋渡し的な仕事をしているのかなと思います。   書くことは昔から好きで、勉強になる本を読みながらノートを取ったりする他、手紙を書くことが好きです。それでもずっと英語で教育を受けてきた私が、初めて出版されたエッセイが日本語だったことは自分の中でも結構意外でした。悪戦苦闘しながら、一つひとつ学び続けています。今でもそうですが、私の日本語はボキャブラリーが少ないので、よく辞書を使います。書いている時に思いついた表現が英語の場合は、いつも辞書を使ってそれに一番近い日本語を探し、活用しています。このようなプロセスもとても勉強になるので、決して苦だと感じていませんが、普通のエッセイイストや著者の方とはアプローチがひと味違うのかな、とも思います。   でも逆にボキャブラリーが豊富でないから、ハートを伝えることを中心に、ストレートに書くことができるのではないかとも思います。格好つけたり響きがきれいに聞こえることではなくて、伝わる「意味」、ハートで感じることが一番大切だと思うのです。ヨガの世界のことなんて特に、頭を使って難しく考えることではなく、一番大切なことはやっぱり、子供にだってわかる、本当にシンプルなことなのです。   エッセイを書き始めてから約5年。実は今月は私にとって一つの節目となる大きな月なのです。初めての書籍が出版され、今月下旬に発売されます。『裸足のままで』というタイトルなのですが、私のブログを一冊にまとめた作品です。私の日々の生活を通してヨガ、そして自然とともに歩むライフスタイルをシェアしています。今まで書きためてきたブログを新しい形で振り返れるようMother Nature (母なる大自然), Yoga Life(ヨガライフ), Healing Foods(ヒーリングフーズ), Birth(妊娠・出産), Love(愛)という5つの章に分けました。私にとって初著書となるこの作品の一つのポイントは、各章の冒頭部分に加えた、章のテーマに添ったエッセイ。どれも大きなテーマなのですが、それは今の私がそのテーマについて感じていることを綴った、私から読者の方々へのお手紙のようなもの... よかったら、ぜひお手に取ってみてください。 [...]

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