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2014年5月


mother

2014/05/29

こちらは、先日のわたしのInstagram / FB 投稿。 今朝はbabysitterグラン突然の体調不良のため、急遽息子を連れて@vedatokyo朝クラス指導へ。素晴らしいアジャストのヘルプ! 特例だけど、私は働くシングルマザーだからね、臨機応変にいかなきゃ。そしてたまの子連れ勤務がもっと受け入れられる社会になってもいいんじゃないかとも思う。(だから自分からやる。) vedaのみなさんは「ご迷惑」というよりは、sweet子供のエナジーに和んでいたようす:) インドのスクールではしょっちゅう先生の子ども達がかけまわっているんです。 そんな子育て・社会テーマは今月発売雑誌ヨギーニの連載見てね。 エニウェイ、みなさんご理解・ご協力、そして一緒に楽しんでくれてありがとう! で、その雑誌ヨギー二の記事がこちらなのですが、今回の対談でも触れられたテーマは、「人様に迷惑をかける」ということでした。 今回対談相手だった境治さんが、私たちの会話の中でマッチしていた視点についてさらに詳しく書いているのが、最近ハフィントン・ポストにも転載された『人様に迷惑なんかかけちゃいなさい。(とくに子育てでは)』。ぜひ開いてみてね。わたしといっさピョンもちょっと出てくる:) (他に、境さんのYOGINI取材の日については、⇦こちらのブログです。) まあまあ、、この手の社会問題について、言い出したらキョーレツな意見が飛び交い、きりがないでしょう。 「迷惑は迷惑なんだ」って言う大人だって、いっぱいいるのが現状だし。 そうでもなければ、そもそも今のこのような社会はつくられなかったよね。 だからこそ、先日の投稿で、FB上であ〜〜〜んなに温かいコメントばかりが集まったことに、すんごく感動しました。 ほんと〜〜〜〜〜〜に。 心からありがとう。 …で、ですね。 肝心な社会問題について、今のジャパンの在り方を観て、私がどう思うかと言うと、、 間違いなく転換期なのだと思います。 なぜなら、少子化も、待機児童も、子供の未来を奪ってしまうような大人達も、「このままではいけない」ということは、もうみんなわかったからです。 ですから、何かが変わらなければならないのです。 何かを、誰かが変えなければならないのです。 かと言っていきなりみんなが私のように、ある朝お仕事に4歳の子供を連れてきたら、間違いなく社会は大変なことになってしまうでしょう。 子供を連れてきて、みんなが温かい目で見てくれて、一緒に遊んでくれたり、「子供に癒されました〜」と言ってくれる環境なんて、まだまだとても珍しいでしょう。 So here’s what i think.  転換期において、初期段階「第1フェーズ」では、 こうしてこのようなことができる(やって許される、または温かく受け入れられる)人たちが、ちょっとずつやってみるのです。それだけでいいのではないかと思います。 親も子供も、一見逆境な社会環境の中で、トライしてみるのです。 同時に、そうすることで、それまでは不慣れだった周りのみなさまに「テイスティング」していただく機会をつくっちゃうのです。 (また、子供が子供である以上、その体験の「お味」は時と場合によって大きく異なるでしょう。泣く子もいるだろうし、おとなしくできない子もいれば、結局ママから離れられなくて、ママは仕事にならなかった… なんてこともあり得るでしょう。) しかしながら、「子供は社会でみんなで温かく見守って育てるべき」と思っていても、思っているだけではダメなんです。 思っているだけでは何も変わらないのです。 どこかで誰かが、初期段階ではほんの一握りの人たちかも知れないけど、このような思想を現実的に行動に移していく必要があるのです。 なぜなら、子育ての実情というのは、間違いなく子供のいる人には共感できて、いない人には人ごとになりやすいからです。 Let’s make it personal. 子供がいないから考えたことのない人だって、同じ会社の仲間が、子供を預けることに困っていて「ごめんなさい!今日だけどうしても連れてきちゃいました、ちょっとだけ手伝ってもらえませんか」なーんて言われちゃったら、社会問題の実態を目の当たりにするのでしょう。 そもそも都心では特に、みんなこんなに至近距離で暮らしているのにも関わらず、”疎遠度”が非常に高いのが現状だと思います。 人が、他の人んちの子供を「ちょっと見ててあげるわ」ということをする近所付き合いが減る一方です。 または、近所付き合いなんて面倒だと思っている人も多いと思います。実は私がすごくそうだったんです…、子供ができるまでは! 子供ができると、第一に突きつけられるBig Truthがある。 「この子を、たった一人で育てられるわけがない」と。 現に、幼児期に家で育てたとしても、小学生になったら道を一人で歩いて通学するわけだし、中学生になったら電車にも乗るだろうし。 いつかどこかでお腹痛くなったり、何かあった時には、親である自分が近くにいない可能性は大いにあるのです。 [...]

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2014/05/19

Last Fridayは京都の建仁寺で開催されたイベント「ヨガスマイル」に初めて参加してきましたぁ〜。 最近はなんだかお寺でのヨガクラス開催にご縁があるようで、しっかり手を合わせてご挨拶して、身を清めてからヨガクラスに入る、という流れが身に付いています。 建仁寺には天井に見事な双龍図が墨絵で描かれているのが印象的でした。こちらの龍、口元を観るとわかるようにあ-うんを表しています。ヨガで言ったら、OMですね。 美しく静かな気の流れが感じられるお寺の会場では、2時間のゆったりとした座学講座を、 そして表のスペースでまったりした座談会、 最後にアーサナクラスを開催させていただきました。 みなさん、とっても素敵な時間をありがとうございました! すっかり平日だったことを忘れるような、beautiful Fridayでした。 座学の時間には、ヨガの大切な心得について、いっぱい触れられました。 …なんだか、涙もチラホラ見えていたような…。 よかったらご参加いただいたみなさんの感想をお聞かせくださいね。 みんなをINVITEしていた、宿泊付きでvedaでの東京・青山ウィークエンドを楽しむプラン6/20(金)〜22(日)について、詳しくはこちら⇦ とってもSpecialなお得パッケージで、みなさんと一緒にお食事させていただいたり、楽しい時間がFULLなweekend planなので、don’t miss it☆ スタジオではやっぱり、比較的少人数で近しい時間を過ごせるのが特徴です。最近はひろしまヨガピース、岡山ワークショップ、そして京都での開催とイベントクラスが続いていましたが、vedaの場でみなさんにまたお会いできたら嬉しいです!! 地方からでもいつもつながっていられるメンバーシップ情報MVMはこちらです⇦ 6月はなんて言ったってこのリトリート中の週末が、あのVOICEライブも含む盛りだくさんなコンテンツですが、他にも特別開催があります: 6月1日(日) 15:00-16:30「The ESSENCE of YOGA」by me. ヨガの基本を内側(心の面)からも、外側(身体)からも、しっかりとお伝えしガイダンスしていく、エネルギーあふれる極上の癒しの時間。 (※このクラスはアシュタンガヨガのR.シャラート先生来日期間中なので、シャラート先生クラス参加のために上京される方がいたら、ぜひ狙ってくださいね!) あと、この方がくると、vedaも禅寺化する!!笑。 6/26(木)-27(金)ネルケ無方先生ワークショップ情報はこちらです⇦ すっかりSummerプランニングに入っているわたしですが、みなさんはどうですか? 夏はヨガもデトックスも盛り上がる〜!! Hope to see you soon… xoxo mae.


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2014/05/13

“Working for the people, the People will Protect you.” (人のために務めれば、人々があなたを守ってくれる) きっと、何かの本で読んだのだと思うけど、最近わたしの心にずどーーんと響いた言葉です。 これまでの時代で、私たち豊かさを求める人間たちは、社会・文化・時代の流れだったのか、どこか自然と「お金」や「物質」に豊かさを求めてきた時間が長かったのではないかと思います。 今は違うんです。 もうそんなこと、気づいちゃったんだよね。 で、最近感じているのは、「人は財産」ってこと。 「人」を大切に抱えたい。 「人」は想いによって、寄り添うように集まる。 それも、似たような志をもったものたちが、自然と集まるもの。 集まった人たちを、大切な宝もののように、 抱えたい。 「人」は、お金でもないし、モノでもない。 けれど、間違いなく、人を信じて、互いに寄り添うのであれば、そこにはお金も情報も、いっぱい交換されるのだと思います。 なぜなら、同じ志をもって集まっている人たちの交換や交流の循環の中においては、その流れは、感謝と喜びがいつも溢れているから。 当然のように、そこではお金も情報も、エネルギーのひとつの形として、配達されていくのです。 そして何が何より素晴らしいかって、 もっともっと与えたくなるのです。 循環すればするほど、伝え、つながりたくなるのが人間でもあるのです。 もっともっと寄り添いたくなる。 助け合いたくなる。 そしてまた、助けが必要な時に「お願い、あなたのお力を貸してください」と、言えるのも喜びである。 そう、それもこれも、「人」が持ってきてくれる力なのだ。 大切な大切な人。 人「の」財産についてではなく、人「は」財産である。 という豊かさに目を向けたい。 人をもっと、大事にしよう。

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2014/05/11

母の日おめでとうございます♡ 東京は1日素晴らしいお天気に恵まれ、今日はわたしも朝から2クラススタジオで終えた後、息子とゆっくりと過ごした1日でした。 Instagramなんかでも、友人がお母さんと一緒のsweetショットをアップして、「大好きなママとHappy Mother’s Day」とか、「世界一のママ、ありがとう!」というメッセージが目立ちました。なんだか、他の人の母なんですが、そんなこと関係なくすごく心が温かくなるばかりでした。 母の日には、自然と自分を産んでくれた母のことを思うものですが、今日は道端を息子と歩いていたら、外国の方がすれ違い様にボソッと「Happy Mother’s Day」と言ってくれたことがあり、あっそうだった、自分も母だった、なんて思いました。 昨日はvedaで女性限定のWomen’s Workshopを2本だてで開催し、その後のコミュニティもall womenで…、私はたまたまその後も女友達5人とお食事に出かけ、なんだかfemale energy炸裂の一日でしたが、そんな流れで今日のMother’s Dayに思ったことがたくさんありました。 What kind of a Mother do i want to be? わたしは、一体どんな母親でいたいのか? ヨガという心・カラダ・精神を結ぶプラクティスに取り組んでいるからこそ、いつも「わたし」とは一体誰なのか?自分の本心や本性を探り、見つめることはよくしている方だと思います。 けど、今日は改めて、What kind of Mother do i want to be?? って自分に問いかけてみたよ。 …すると、逆説的な答えがまず出てきました。 「わたしがなりたくない母像」です。 それは、いかなる形であっても、「子供の未来や自由を奪う大人」にはなりたくない、ということ。 これって、私の中ではただ押し付けがましく学歴や仕事や、「やるべきこと・やらないべきこと」のルールを決めつける親になりたくない、というだけではありません。もうちょっと深く、さらに微妙な次元にまでいたること。それは、言ったりやったりしていなくても(しているつもりではなくても)、自分の存在が醸し出している「意味」やそれが指している在り方についてです。 例えば、こんなことが言えます。 テレビをつけても、雑誌をみても、さらには街中を歩いているだけで目に飛び込む数々の広告だって、すべて結構非現実的な「美貌」を描き出しています。それは、た〜〜くさんのお金をかけて、グラフィック使って作り上げているアートだったりするんだけど…。一般的な女性は、そんなイメージばかりを目にして、自分の在り様と程遠い、非現実的な「女神像」を持ってしまうこと多々あるのではないかと思います。また、以外と女性は女性自身の最も厳しい批評家でもあったりすると思うのです。 ようするに、あんなイメージばかり日々目にしていたら、自分のことなんて嫌いになることが簡単すぎるのです。 私たち母たち、女性たち。 1日の終わりにドスッピンになって、裸でお風呂からあがって、古こけたゆるゆるのパジャマ着て、「あ〜、疲れたな」ってため息でもついちゃって…。 自分ボロボロ気分になりつつも、娘や息子たちに「あなたはかわいい♡」「天使のようね」なんて言うでしょう。そんなことって、当たり前。子供はピュアで、輝いていて、純粋無垢で、すべての美の源のエネルギーを持っている。 けど、もしもそんな娘や息子たちの前で、「ママは違う…、ママはボロボロで古こけてブサイク」なんていう想いを、少しでも漂わせてしまったら、私たちは、口にこそ出していなくても、「あなた達の美だって、今のうちよ」と言っているも同然ではないかと思うのです。今はかわいいけど、ずっとそうはいかないから、今のうちに楽しんでおきなさいよ、と。無意識であっても、そんなことが伝わってしまうのではないかとフと思いました。 ようは、いかに自分が、自分自身についてマイナスなイメージを抱いているかを、もろに子供たちに見せつけているのではないかと思うのです。 そして子供は、間違いなく言葉以上に、存在が醸し出している姿を例に見て育つでしょう。 それって、自分のマイナスさが、ちょびっとずつ子供の未来の希望や輝きを奪っている、と言えるのではないかと思う。 少なくても、「その美しいかわいらしさを永遠に輝かせていこうね、いくつになっても!」という趣旨は、どう考えてもまっすぐ伝わっていない。 The thing is, 無傷で人生歩む人間なんて、いないと思うんだよね。 わたしは実は結構、「キズ」って好きなんです。 [...]


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2014/05/06

先月はRED Moonの満月、23-24日のグランドクロス、そして月末の金環日食の新月と、占星学的イベントが目立った日々が続いていましたね。 みなさんは、この季節をいかがお過ごしでしたか? vedaではISCヨガ集中講座も後半へと深まり、ちょうどこのパワフルなグランドクロスのタイミングを使って、食生活を調整しながら、更なるヨガプラクティスを身につけていく生徒さん達の姿が印象的でした。 私も、そんなヨガ・プラクティショナーの一人で、あちらそちらへと移動が続いていた中でも、心は静かに、なんだかフシフシと「時代の流れの変化」を感じておりました。 新月の日には、岡山でONE DAYロング・ワークショップを開催していました。 この日は、「ヨガ・インストラクターとして」というテーマでもあったので、みなさんからの意見を受けつつ、輪になってディスカッションを繰り広げる時間を設けました。この時に、私はまず、「みなさんが、ヨガの先生に求める要素は、いったいどのようなものですか?」と聞いてみました。 すると、返ってきた答えは、 「自分の成長をやさしく見守ってくれる先生」 「女性であっても、男性であっても、「母性」が感じられる先生」 「笑顔や存在感が温かい先生」 「クラス内/外時間でも、気軽に話せたり、コミュニケーション能力の高い先生」 …など、でした。 これを受けて、私は一瞬唖然とするほどでした。 というのも、一昔前であったら、このような問いに対しての答えは、きっともっとこんな感じだったと思うのです: 「アーサナをしっかり教えてくれる先生」 「アジャストが上手い先生」 「身体のラインやポーズが美しい先生」 前の例と比較して、以前はわりと男性的な要素が強い傾向にあったのではないかと思います。 ここで言う「男性的」「女性的」とは、エネルギー的な質を指しているもので、置き換えると陰陽のエネルギーと言えます。決して「男性は男性的」「女性は女性的」という枠組みに捕らえられるものではなく、あくまで両性に、男女両方(陰陽両方)が備わっており、その中でのバランス感覚を指すものとして意味しています。 これは、生徒さん達だけではなく、私自身自分の中で感じられる大きな変化の流れでもあります。 私自身一昔前までは、例えヨガのプラクティスであっても、わりとシビアに、自分に厳しく、どこか「固くキメタイ」という目的のもとで頑張っていたと思います。 別にこれが間違っていたわけではありません。 ただ、今このタイミングで、私の中でのエネルギー的傾向がシフトしたのと同じように、時代全体の風潮として、「エネルギーのシフト」が感じられる気がします。 もちろん、これはヨガプラクティスのみならず、すべてのことに言えます。 例えば、仕事のスタンスだって、以前は固く決まった時間や決まり事の枠組みの中でやってきたけれど、最近はもうちょっと「フレックス」の余地のある仕事スタンスや働き方に変わってきたり。 人間関係だって、「こうでなければならない!」観念が、少し試された後に少々のゆとりが与えられるように、「そういう物の見方、考え方もあるかもしれない。やってみよう」という流れが感じられるのです。 「考えやルール」が司る時代から、「感情や気持ち」といった、一見流動的でつかみどころのないものが、だんだん以前より前面的なってきた気がします。 人間の暮らしには、どちらも大切ですよね。 神さまはきっと、両者の意見を聞くために2つの耳をくれたと思うし、 両方のものの見方が”アリ”だから、2つの目をくれたと思うし、 内なる世界と、外なる世界の両立があってこそ、人は、ちょうど2つの大きな翼を広げるかのように、飛び立つのではないかと思います。 神さまが、この世において「2つ」を備えてくれたのだったら、2つを使わないわけはないし、どちらかの方が「より正しい」なんてことはない。 ないし、神さま視点のお話をするならば、「正しい・間違っている」ということ事態、ある特定された立ち位置からしか物事を見ていないことになるから、そういう意味では、「正しい・間違っている」っていうのは、一時的なものでしかないのかもしれない。ようするに、あってないようなものなのかもしれない。 あ、これは私の中での勝手な神さま想像ですけどね…。(笑) ヨガとか、スピリチャリティとか、「神聖な」何かを感じるっていう話になると、どの時代のどの教えも、「真実は自分の内側にある」(神さまは自分の中にいる)と、古くから教えてくださっていると思います。 となるとね、「神さまって、一体何が好きなんだろう?」とフと考えてみると、 それは、「自分が最も好きなもの」と等しいのではないかと思うのです。 LOVE GRACE PEACE BEAUTY WISDOM SERENITY MUSIC 楽しいこと 清いこと 気持ちいいこと…   そう考えたら、神さまに導かれて生きていくことなんて、そんなに力んで難しく考えなくたっていいんじゃないかな、なーんて気がしている今日この頃です。 Children know well. Nature [...]