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2015年


philosophy

2015/12/03

ヨガ哲学とかヨガ・フィロソフィって、ヨガの世界に関わっているとよく耳にしたり目にしたりする言葉だと思います。でもなんかこう、気軽にスポーツジムなどで取り組む一般的なヨガとはまたちょっと違ったニュアンスでもありますよね。「哲学」とか「フィロソフィー」と聞くとどちらかというと学問とか、ちょっと堅苦しいイメージを持つ人も少なくないと思います。 実際のところ、ヨガが「生きる上での知恵」を指している以上、それは心の在り方や態度などといった、内面がどうやって日常生活に活かされているかという部分が間違いなく関わってきます。しかし本当は、ヨガが意味していることやウパニシャッドなどの古典が指していることは決してテキストの中の息吹のない”ドライな哲学”なんかではなくて、本当はその真逆。それは「生」においてしっかりと根付き活かされる、実践的な気づきを指しており、そういう意味ではとってもpassionate(情熱的)な知恵なのです。 それは、グルジの有名な言葉「ヨガとは99% Practice、1% Theory」でも言い表されていることだと思います。 But what does that mean, REALLY?? でも… それがわたし自身の個人的な生き方に関わる、パーソナルな意味合いとはいったい何なのでしょうか? ここでは、知ること・知識を得ることが「実際のアクション(行為)における変化につながること」を指しているとわたしは考えています。 すなわち、True Learning = 真の変化につながること。 なのではないかと思うのです。 My friend and 先輩のヨガ・ティーチャーが昔よく言っていました。 「もし、自分が今のままでよくて、変わりたくないのだったら、ヨガに来るな」と。   辛口! な意見でもありますが…。(笑) それにも真理はあると思うのです。なぜなら、もしホンモノのヨガに取り組んだら、それが”カラダだけ”の行いで済むことはまずなく、カラダと呼吸と意識との深ーーいつながりを感じずにはいられない。そして、それがどこか奥底で深ーーーく「正しい」と感じている自分がいることも、気づかずにはいられないでしょう。 そうやっているうちに、自分の在り方が根本から揺すぶられて、意識のレベルから変わらないでいることができなくなるのです。 腹の奥から、以前は気づくことのなかった何かに気づいて、それを知ったのなら、自分自身の在り方が変わらずにはいられない。 グルジのお孫さんにあたり、わたしの師でもあり、現KPJAYIディレクターのR.シャラート・ジョイス氏も言っていました。Spirituality is いたって Practical、と。 スピリチャリティとは、いたって(行動につながる)実用的なものであり、また、そうあるべきなのです。 いつの時代でも、どの国でも、何歳でも…。 宗教、性別、仕事、信仰をも何も問わず、 ただただ「使える精神力」「精神との付き合い方」こそが、ヨガそしてウパニシャッドなどの古典が指している叡智なのではないかと思うのです。 Have you ever thought about that? みなさんはそんなこと、考えたことがありますか? なぜなら、もしその扉を開けたことがないのなら…、、 もしかして、その扉に近づいたことすらないのなら…、、 そこには、計りしれないパワーが隠されているのですから。     ♡Please COME:クラスのお知らせです♡ 【12月6日(日)15:00~16:30】今週の日曜日は2015年、vedaラストのわたしのWS『INDIANスピリチャリティと瞑想の世界』!座学講座で、今の日本の暮らしに活かせる、とびっきり実用的なINDIANスピリチャリティのヒント、そしてインド的な考え方やアプローチを易しく解いていきます。みなさんの気になること、聞きたいことがあったらぜひ当日質問をお寄せくださいね☆ALL LEVELS WELCOME☆ヨガの流派やレベルを問わず、初めての方からどなたにでもお気軽にご参加いただける座学講座です。 [...]


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2015/12/01

最近電車に乗ったり道端で信号待ちをしていると、まわりにいる女性たちが「そろそろ寒くなってきたわね」で始まる会話で…、続いて「防寒グッズ」について話していることを良く耳にします。 そう言えばわたしも昔は、貼るカイロや靴の中に入れるカイロ、ポケットカイロ…。総ナメしてお世話になっていました。(苦笑) 寝る時の腹巻きとか…(笑) 80デニールの厚手のタイツ… 、それでもストッキングと二枚重ねで履いたりしてたな、って突然思い出したのです。 なぜなら、スッカリそんなこと忘れていたからです。 そう言えばわたしは、冬が恐くて恐くて仕方がなくて..、 相当ビクビクしていたから、夏の間にリサーチ進めて、秋の始まりの9月にヨガを始めた人だった。 今のわたしは、冬でも靴下すら履かない日も多く、あんなに末端がしびれるほど冷えていた手先もあったか。 朝ヨガクラスで生徒さんのヨガ中のおカラダを触れにいく時に、冷たくない手で触れられることに、喜びを感じています。 そういえば…、 ヨガを始めて一番最初に飛んでいったのは 「冷え」だった。 カラダの中心に空洞(子宮)を抱えている女性は、男性より芯から冷えてしまいやすい。 けれど、このお宮を守ってあげるためにも、カラダを冷やさないことが重要なのです。 Photo Courtesy of Y.Ozawa YOGINI magazine – www.yogini.jp/number/   カラダの末端から始まって、 肩こりや肩甲骨の間のゴリゴリ、 胸のcenterで抱えていたこわばりや緊張感も、いつの間にか溶けていってなくなっていました。 知らぬ間にたまっていた緊張感やプレッシャー、硬くこわばった考え方が、 これほどまでにわたしの自由でナチュラルな呼吸を妨げていたなんて… それが透き通るまで、気づくことができなかった。   ゴメンネ。 気がついた頃には、自分に謝りたくなった。 でもね、だから、もう失わないよ。 わたしと、わたしの間のHealthyなRelationship. Because they say, HEALTH is Wealth(健康こそが富だから)。 大切にするね。 楽しく過ごそうね。 わたしとわたしの関係性は、それだけ豊かなものだもんね。 ヨガだってトレーニングだって、 仕事だって 人間関係だって、 苦しくなくていい。 楽しいやり方がいーーっぱいあるのだっ。   多くの動物にとって、冬は冬眠の時期でもあるけれど、 冬にちょっとずつ始めるから、ちょっぴりHead Startを切って迎える春だってあるのさ。 ちょうど春に芽吹く植物たちが、みんなの目に見えない土の下で、大切なworkを遂げているようにね。 わたしにとって、ヨガを始めた2001年〜2002年の冬/春がそうだったなぁ。 [...]


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2015/11/17

私は魔法のマットを持っている。 その上で太陽に挨拶をしたり、英雄になったり、亀になったり、蛍になったり、クジャクになる。その上で泣いたこともあるし、笑いころげたこともある。下半身麻痺になるかと思うほどの腰痛を体験したかと思ったら、平気で背中を反らせて足首をつかむ。もちろん今でも同じマットの上で毎朝両足を頭の後ろに引っ掛け、練習を続けている。 私は、ヨガが大大大好き。それだけ練習を重ねてきたブラックマットも愛してる。ブラックマットとの出会いは、私が生まれて初めてヨガを体験したその月。すぐにアシュタンガヨガのパワフルなプラクティスに魅了された私は、初めてのマイ・マットを買おうと思った。いくつか種類があったので、どれを買ったらいいか先生に聞いてみた。すると先生は、「別にどれでも使えるけど、黒の厚手のを買ったら一生使えるよ」と教えてくれた。他のマットがだいたい4000円だったのに比べ、ブラックマットだけは1万2000円と飛び抜けて高かった。ヨガマットに1万2000円??まだヨガを始めて間もなかった私は躊躇し、一度帰って考え直した。しかし結局はアシュタンガヨガを初めて体験した時から「これは一生やるのかも」と心底直感的に感じただけあって、次にスタジオに行った時にはブラックマットを購入した。何となく尖った角が気になって、家に持って帰ってちょうどいいサイズのどんぶりを逆さに当て、カッターナイフで四つの角を丸くそろえたら、なんとなく私らしくなった気がした。銀のポスカマーカーで “Mae”と小さく名前を入れ、その日からそのマットは私のヨガの旅の友で、魔法のマットとなった。   …というのは、いつかの雑誌YOGINIの連載からの抜粋。 先日のブログでも書いた通り、時代もプラクティスも環境もすべてが変わりゆく中、この同じクラシック・ブラックマットは、今でも毎日わたしのお供をしてくれています。 それだけ愛している貴重なアイテム。 ヨガライフの大切なお供になるだけあって、スタジオでnew生徒さん達にnew yoga matご購入について尋ねられると、わたしとしては親身になって応えられずにいられないのです。今日は、そんな大切な「ヨガマットの選び方」についてポイントを挙げてみなさんとshareしたいと思います。 Photo by Y. Ozawa for my DVD『ヘルス&ビューティ ヨガ』の別カット初公開☆ 【その①】用途によって、重さを選ぶ あなたのヨガマットは、自宅やスタジオに置きマットをするつもりですか?それともクラス時やイベントの際に持ち運ぼうと思っていますか? それによって、マットの重さを選びましょう。 重さによって、マットの厚さや材質に結構差が出てくるものです。 重さは、最大で3.5kgほどのモノから最少で900gまで。持ち運びの際の感覚には大きな差があります。 女性の方で、移動しながらマットを持ち運ぼうと考えている方には、目安max2.0kg以下にしていただきたいと思うのです(それでも重いぐらいです… 軽ければ軽いほどbetterです)。 【その②】材質を選ぶ ブラックマットやプロタイプは、消耗しにくい材質でできて、生涯使えるものです。わたしの15年目のブラックマットがその証♡ コレとかコレのような、ベーシックタイプ(ヨガ導入編に素晴らしい)の軽めのものであっても、激しく使っても6ヶ月は持ちます。週1ペースとか、趣味や気晴らしとしてのヨガであったら、こういうタイプでも上等でしょう。 他に、エコ素材を使っているものもオススメです。 【その③】2本もちの検討☆ で、わたしは愛用置きマットat home and at my studio… に加えて、移動中の時のために折り畳める薄手のトラベルマットも持っています。(agoyかmandukaのトラベルマットが素晴らしい♡) 【その④】スベリ ヨガloverの大敵は、マットの滑り。 せっかくのプラクティスも、ダウンドッグの度に手がズルズル滑っていたら、集中しづらいし、気が散りやすくなってしまいます。 そんな時、 a. new matをご購入後、丸まっている状態でくっつかないように軽く油分がついているようなマットだったら、一度お風呂場でキッチン洗剤(油分を落とす)を使ってスポンジなどでしっかり洗い落としてから日光で干すのがベストです。 b. そこまでするのが面倒だったら、乾いた雑巾でからぶきしてから日光浴。 c. 万が一、それでも滑る場合、または手にかく汗で滑る場合は「手ぬぐい」が大活躍します。しとっと湿り始めた手元に横向きに一枚ひいて、そこに手が合うようにダウンドッグするポジション☆薄手の手ぬぐい生地がいい感じで汗を吸収してくれて、ちょうど滑らなくなります。 d. 汗が多いタイプの方は、スキッドレスなどをご検討ください。   …ということで、いろんなブランド物のヨガマットもある中ですが、わたしはあまり色とかブランドとか、人と似ているかどうかとか気にしたことがありません。。。 やっぱり、マットは使えば使うほど自分のモノになるし、 使えば使うほど、いい感じに味が出てきて、滑りもなくなり、完璧な使い心地になっていくのです。 [...]

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2015/11/07

最近再びbaby boomを迎えているmy studio veda. 30代~40代女性が一番厚い層でもある、vedaでのヨガコミュニティでは、 出会いや別れ、婚活や自然任せ、婚約や破局、結婚や離婚…。立ち直って自分を見つけ。笑 社会的にも色々ある年代であるだけ、パーソナル・ライフの大きな変化を伴う時期における、自分と向き合い、自分を大切にする「YOGA」というものがあり、またその道においてお供させていただいているように思います。 当然PRイメージというものがあるから、YOGAだってどちらかというと「別れ」よりは「出会い」の場として、何らこうHealthyでWholesomeなイメージばかりが世に発信されていますが、実際にプラクティスを重ねていて、ヨガを深めていくと、ヨガは、いい時にさらなる健康や輝きを可能にしてくれるものでもあるけれど、i know… ヨガはalso、人生辛い時に耐えられるように、呼吸を続けられるように、大変でも流れるように折れずに、しなやかに生き続ける知恵を見せてくれるものでもあるのです。 i know you know, too. 人生いろいろあるけどね、いい波もツライ波も、避けずに行くから、いいんじゃないかな。 そんなまっすぐな精神を、わたしはヨガを通して気づき、また育んでいる気がしています。 …って、いつの間にか前置きが長くなってしまったのですが、今日は、女性の生涯の中でも、最も大きなイベントとなる「妊娠・出産」に着目したいのです。 Photo by Y. Ozawa for YOGINI magazine. バックナンバー「女性のカラダとヨガ」vol.21はこちらから⇦ というのも、気がつけば世間一般では「マタニティ・ヨガ」というものが主流になっておりまして、女性が妊娠したら、妊娠中に安全に続けられるエクササイズと言えば「マタニティ・スイミング」か「マタニティ・ヨガ」!!というイメージが定着してきていると思うのです。 しかし、ここでわたしが声を大にして言いたいのは、ヨガを始めるなら、「妊娠」まで待たずに、ぜひとも「妊娠前」のプレ・マタニティ期から取り組んでいただきたいのです。 妊娠してからのヨガ開始では遅すぎる… という訳ではありませんが、できれば、妊娠前に始めてもらった方がよっぽど”有利”かつ”お得”なのです。Let me explain. ヨガのプラクティスを始め、正しく、継続的に練習回数を重ねていくと、練習生のカラダや意識にこのような変化が起こります: ・全身のデトックスが進む(気・血の質および巡りがよくなる) ・カラダの中心軸(コア)を鍛え、見つけ、強化していく ・カラダの中心の強化と共に、心の中心・ブレにくい精神を養うようになる ・自分の呼吸を整える術を身につけることで、心もカラダも安らかになっていく …etc. 次の命を宿らせる妊娠期においては、女性のカラダがincubator(保育器)と化します。従って、このインキュベーターにおいては、気や血の巡りがクリアーで、上質であるに超したことがありません。また、なかなか妊娠できなかった女性が、ヨガに通うようになって妊娠できた!というのも、この理由が一番にあります。ヨガを通して継続的に体内環境のデトックスを行うことで、子供が宿りやすい”土壌”を耕しているのです。わたしの経験では、日々の練習に取り組むようになって満2年経った頃には、全般的に体質が改善されている!と断言できるほど、ヨガを通して著しくカラダや内側の状態を変えることができます。 この2年間を、長いと観るか、短いと観るかは人それぞれでしょうが、カラダには生涯使ってきて、蓄積されてきている”毒素”が様々な層に渡り残っていることを考えると、2年で、安全かつ効果的に根こそぎデトックスできる、というのは大変なことだとわたしは思います。この2年が過ぎた頃には(わたしを始めとして、生徒さんにも多くいますが、)ヨガによって人生が変わった!と感じることでしょう。 次に、カラダの中心軸(コア)については、妊娠・出産と身体的に深く関係してくる、非常に重要な部分です。 お産の時はもちろん、女性のカラダの中心が完全に緩み、広がり、新たな命が誕生する訳ですが、この時、母である女性の身体においては、中心が一度完全に”崩壊”されます。もっとも、女性のカラダの本当にすごいところは、完全に崩壊されたところから、再び安全かつナチュラルに”修復・再生”する能力を持っていることでもあります。これは、なんの心配をしなくても、自然と備わっている能力でもあるのですが、この時に、産前にどこまでコアがあったか(鍛えられていたか)によって、”戻ってくる状態”に差がでるのです。 産前に中心(コア)の感覚がなかった女性は、産後もわからないですから、それなりのタイミングでゼロから始めてトレーニングしていくしかありません。(それでも、too lateではないから心配しないで取り組んでね!) しかし、産前に少しでも中心の感覚をつかみ始めていたbodyにとっては、一度その中心が崩壊されても、再構築していく時に”ここをこう使うのね”と、軸の感覚を再発見していくことが速やかに、上手くできます。 また人体には、骨折後なども同じですが、一度折れて再構築されたパーツは、以前よりもさらに強さを増して再構築されるという特徴があります。だから、カラダの中心も、一度鍛えて見つけ出して⇒崩壊されて⇒戻ってきた後には、さらに強くなっているのです。(わたしは個人的には3倍は強くなった!と思っています!)この「さらに強く」という感覚は、やはり、産前から鍛えていなかった人には持ちにくい感覚だと思います。 ※ここでいう「中心軸」や「コア」の感覚については、ヨガの専門用語でいう「ムーラバンダ」として理解できます。 vedaでは、わたし以外にも濵田麻矢先生、そして来年2月にも再び来日が決まっている大ベテラン講師キャシー・ルイーズ先生がワークショップを通しての実践的な解説を得意としているテーマなので、ぜひ「バンダ」テーマのワークショップを狙ってくださいね。 最後に、呼吸意識を身につけることで養われる安らかな心は、人が一人の人間として自分自身の心の変化を観ていき、丁寧に付き合っていくだけでなく、家族やパートナー、そして小さな子供の子育てに関わることで、最善の宝となる意識です。これがあるとないとでは、産後の子育ての中で家庭において大変な(カオスのような!)変化を通る中で、ストレスや育児疲れなどとの付き合い方に大きな差が出ます。 また、産前にたくさんできたアーサナ(ポーズ)の練習も、産後小さな子供の子育てと自分のこと、家庭のことをお手玉するようになる女性にとって、純粋にその時間を確保するだけでも困難になるフェーズがやってくるでしょう。 Don’t worry. この時、以前のようにたくさんポーズの練習ができないから、自分の時間が取れないからって、あまり悩まないでね。そういうものですから。 また、女性性は、そうやって子供に、男性に、他者に”譲る”ことができて、”譲る”こと自体にシアワセを感じることができる、ミラクルな生き物でもあります。(もちろん、男性の中の”女性性”の心も同じです:) ) [...]


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2015/11/01

今日は大阪ヨガフェスタ @阪急百貨店うめだ本店。 朝から品川発で大阪へ移動して、新幹線の中で最近遅れを取っていたパソコンワークたくさんはかどらせて、会場入り。 大阪でのヨガフェスタに参加するのは、今回で2回目?…3回目?かな? 新幹線はとても快適なので、こないだの京都日帰りに続き、最近はさらりとカバーできてしまう距離になっていますが、スケジュール的には結構弾丸In&Out. それでもね、こういうイベントは、そうでもしないと普段なかなか会えないstudentsや、初めてお会いする方々とconnectする機会なので、わたしの心の中でも大切なspotにsaveしているの♡ 今日はfirst classが屋上で開催されたBIG CLASS☆ 最初はフェンスで囲っていた会場も、だんだんどんどん多勢の方々が集まってくださり、サイドラインにフェンスを開ききって、スペース拡大してスタート! 風が吹いたら少し肌寒いくらいの気温でしたが、それでも豊かな呼吸となめらかな動作で太陽礼拝を行ったら、身も心もぽっかぽかに♡ 【SEE THE FULL PHOTO ALBUM on FB!!】 会場変わって、室内で開催した次のwomen’s向けクラスでもみんなとすごく大切なお話がいっぱいできて、大事なヨガと性の知恵をいっぱい分かち合うことができて、本当に貴重な時間でした。みなさん、たくさんのlove and attentionを、心からありがとうございます!! ヨガの伝統では、いつも師弟関係… 知恵が伝授されてくる「源流」というものをとても大切に捉えますが、今日のクラスでもやっぱりわたしの口からは、Sri K. パタビジョイス先生のお話が出てきました。自然と… 何も考えていないでも、みんなにわたしの中のbest knowledgeを伝えたいと思っていると、やっぱり源流につながっていくみたい。   今日は、そんな大好きなグルジの言葉で、 YOGA IS… ヨガとは… を語った言葉を、最後にshareしたいと思います。   “Yoga, as a way of life and philosophy, can be practiced by anyone with inclination to undertake it, for yoga belongs [...]

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2015/10/31

前回の記事『ヨガは鏡を使わない。 』では、伝統的なインドのヨガと最近主流になってきている、欧米でアレンジされてきたヨガの違いについて整理しながら解説しました。 今回も前回に引き続き、現代ジャパニーズにとってちょっと意外かもしれない、ヨガの基礎知識について掘り下げていきたいと思います。 前回の記事では、ドリシュティ(視線)を外に向けないことは「エネルギー漏れ」を防ぐための意味があると書きました。ここでいうエネルギーとは、ヨガ中に高め、また循環を促している生命エネルギー(プラーナ)のことを指しています。 実は、この同じ理由で、インドの伝統的なヨガの練習では、プラクティス中にしゃべらないのが基本なのです。 まず、しゃべることとは、吐く息であることを理解しましょう。 わたしが専門としているアシュタンガヨガは、数あるヨガの種類の中でも朝向きで、体内環境の強力な浄化と体内エネルギーの活性化にはもってこいなのですが、アシュタンガヨガでは吸う息と吐く息を均等・均一にしてアーサナ練習に取り組みます。逆に、人はおしゃべりをしていると必然的に吐く息が長くなり、吸う息はちょうど水泳の息つぎのように、合間に挟む短い呼吸になります。(11月発売の次号雑誌ヨガジャーナルでも均等均一呼吸について紹介します☆)この理由で、例えばあまり身体を動かしていない日でも、たくさんおしゃべりをした後や、大きな声で歌を歌った後(カラオケとか?!笑)などはふぅ〜っと力が抜けて疲れたぁ… と感じることがあるでしょう。 ヨガ中は、エネルギーを高め、温存していくので、呼吸をムダにしない=エネルギーをムダに使わない。 これは、直接的にプラーナ(生命エネルギー)の温存につながることなのです。   さて… では、お水を飲まない?! というのはどうでしょう? 最近はホットヨガやフィットネスジムのクラスからヨガデビューする人が多いので、ヨガクラスではむしろ先生に「たくさんお水を飲みましょう〜」と言われることがあるかと思います。 しかし、実はわたしはクラス中に生徒さんに(妊婦さんなど、特例となる方を除いて)「練習中はなるべくお水を飲まないでください」とお願いしています。 でも、アシュタンガヨガって途切れなく動くし、最初の頃は特に、結構汗をかくし… ツライ! と思うかもしれませんが、実際に、前回&今回の記事で触れてきているとおり、伝統的なプラクティスの基礎:ドリシュティ(目線)や呼吸(しゃべらない)のプラクティスを守ってやってみると、意外と練習中は集中力が高まり、喉が渇かないのです。 これは、練習によって循環が良くなった体内エネルギーで潤っている状態です。またこのような状態では「呼吸で十分」という感覚があるでしょう。 もちろん、ヨガによって促さられる浄化を進めるためにも、練習後はしっかりと水分補給していただきたいのですが、練習中にお水を飲まない理由、それはやはり: ・途切れないヴィンヤーサ(呼吸と動作の一致)の流れ、と ・途切れない均等・均一呼吸 を妨げないためなのです。 …なんとも徹底した原則! 「お水ぐらいイイじゃないの!」と思うかもしれませんが、これがきっと「精神統一」のために継承されてきたインドのヨガと、「フィットネス」のためにアレンジされてきたヨガの差でもあると、わたしは感じています。 で、長年プラクティスをしているわたし自身はと言うと、やはり練習中は、練習の流れをさえぎってでもお水が飲みたくなることは、まずないのです。 ここで重視したいことは、わたしがインドで教わってきているヨガにおいては「呼吸やヴィンヤーサの流れを優先し、いかなる理由においても、それを自らさえぎる習慣にない」ということです。 このような考えのもとに、指導中のクラスのみなさんを見渡してみると、やはりですね… 途中でお水に手を出したくなったり、、 髪を結わきなおしたくなったり、、 ちょいとお手洗いにいこっかなぁ〜、、 なんていうのは、明らかに「ここらで休憩挟みたい」っぽい生徒さんたちなんです♡ 笑。 それもカワイイから、いいわっ♡と思いながらも(笑)、 最終的に目指すところ、そして古代インドから伝わるメソッドの意味合いもしっかりお伝えしたいと思います:) そうそう、ヴィンヤーサ&呼吸の流れを途切らせないことについて、かつてグルジ、シュリ・K・パタビジョイス氏のそのまたグルジにあたる、シュリ・T・クリシュナマチャリヤ氏は、「Life is a Vinyasa」(=人生はヴィンヤーサ)とおっしゃっていたそうです。 人って、一番キツくなったり、辛くなったりした時に、「ストォ〜〜ップ!!」「ちょっと待って!」と人生一時停止したくなるじゃないですか?? (ちなみに、わたしはお産の一番痛いところで、すーべーてーストップして、ぜーーんぶなかったことにしたかったのですが..。笑) けれど、日が暮れて、夜になって、また朝日が昇り…。 また川の流れが海へとつながり、海がまた雲となり、雨となるように..。 大自然の営みには「静止」がないように、人の命だって「止まらない」。 ヨガは、Life Science(「生きる」ということのサイエンス)であると伝えられていますが、まさにLifeのサイエンスであり、そのためのプラクティスにおいては、とーーにーーかーーく、その流れをさえぎらず、最初のうちはついていくことが大変でも、「流れに乗る」ことを身につけていくことを目指したいものなのです。   ※伝統的なヨガのプラクティスでは、「正しく、継続的に行うこと」そして「適切な師のもとでの練習に努めること」が重視されています。 上記は、伝統的なプラクティスの作法ではありますが、人は個人差があり、またその人のその時に合ったプラクティスをすることが大切です。どんなに確かなことにも「例外」があることをも覚えていてくださいね。地方に住んでいる方も、できれば年に1~2回でもいいので、しっかりと師のもとで正しいメソッド を覚え、その後のセルフ・プラクティスをどう進めるべきか、先生に相談してください。   ☆☆UPCOMING CLASSESお知らせ☆☆ いよいよ明日!! [...]


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2015/10/14

先日、10月10日(土)に@vedatokyo で開催した座学ワークショップ『インドのヨガ、わたしのヨガ』でも触れたうちのテーマですが、わたしの知っているかぎり、インドで古代から伝わっているヨガプラクティスにおいては「鏡を使う」ということは一切しません。 …これって、最近広まっているヨガ・フィットネスのイメージとだいぶ違うと思うので、少し説明させてください。 Photo Courtesy of A.Kumagai for Hawaiing.com よくvedaでの基礎クラスや初心者向けのクラスでもお話させていただいていることですが、まず、インドで古代から継承されてきているヨガというものと、最近フィットネスブームの一貫として広まっている、欧米でアレンジされてきたヨガとでは、大きく分けて目的が違うと言えるのです: インドのヨガ⇒ あくまで「統一」のための行であり、カラダを用いるポーズの練習も、カラダの次元のみに留まらず、カラダを扱い、呼吸を整えることにより心身の気の巡りを清め、強化し、ひいては「統一」をもたらす。YOGAという言葉は、もともとサンスクリット語で「統一」や「統合」を意味する言葉であり、その状態とは完全なるOnenessを指しています。心・カラダ・精神。内なるものも、外を取り巻くものも、究極的にOnenessにおいては境目がないのです。 欧米でアレンジされてきたヨガ⇒ インドのヨガから、精神業に励む”修行僧”ではない人たちにもフィットネスや健康法として取り入れていただけるように、手軽にアレンジされているものがほとんどです。インドのヨガでは、例えそれが「健康になること」といった高尚な目的であったとしても、カラダのみを最終目的にしていない(カラダの健康を用いり、トータルの統一を計らう)のに比べ、欧米のヨガは「フィットネス」「痩せること」や「リハビリ」など、ヨガのメソッドを健康法として活用することで、有効に様々な目的を実現させていっています。また、その効果・効能については、科学的に実証されていることから、最近ではインドへも逆輸入される「一般向けのヨガ」となったと言えます。   …で、本題に戻りますと、本来、心・カラダ・精神の統一を計らうメソッドとしてのヨガにおいては、鏡を使うことがないのです。 この理由は、鏡を使うと、人は意識を外に向けてしまうからだと言えます。 鏡を置くことで、人は目を外に向けて使い、自分の姿勢を確認します(多くの場合、ついでに他の人の姿勢やウェアまで気になってしまいますね…笑)。 しかし、人は目線を向ける時に、目線と一緒に意識もそこに送るわけで、このサイエンスをよく理解していた古代ヨギーたちは、ヨガのポーズの練習に取り組む際に、すべての体勢において目線をどこに置くかを的確に決めていたのです。これは、トラタカのような集中を高める瞑想法の時にも活用しますし、アーサナ(ポーズ)の練習の際にも活用する、「ドリシュティ」と呼ばれる作法です。アシュタンガヨガのポーズの練習方法では、伝統的に9つのドリシュティのポイントが定められています。(※詳しくはわたしのNHKの著書を参考にしてね。)この9つのポイントの内、6つは自分のカラダの一部に視点を定めるポイントであるため、意識の使い方も非常に内的になるよう、内観意識を高めていくようにデザインされているのです。つまり、やはり伝統的なヨガとは、どんなにダイナミックにカラダを動かしても、心の作用のためのプラクティスなのです。 逆に練習の際に鏡が欠かせないエクササイズを考えてみると、わたしはまっさきにダンスを思い浮かべるのですが、ダンスは最終目的が人に見せるためのパフォーマンスですから、それは外から見られる自分のフォームを確認して当然だと思うのです。また、どんなに痛くても、どんなに辛くても、ショーの中では我慢してでも人を楽しませるエンターテイメント性があるのが、ダンスであるとも思います。 ヨガは、人に見せるためのものとして発達してきていません。 ないし、ヨガでは、普段いつも外に向けてしまう意識を、あえて自分の元へと戻して行く作業があり、これがヨガにおける癒し(ヒーリング)の第一歩でもあるのです。 では、意識を外に向けずに、効果的に自分自身の元へ向けておくヨガの練習をすると、どういった効果が期待できるのでしょうか? 実は、ドリシュティ(視線)を外に向けないことによって「エネルギー漏れ」を防いでいるのです。 みなさん、室内でヨガに取り組んでいる時に、物音がしたり、ドアが開いたり閉まったり… 他の人がやっていることが気になってそちらへ目線を送った時に、同時に意識もそちらへ”逃げている”のがわかりますか? この意識は、置き換えるとプラーナ(生命エネルギー)の一部だと言えるものなのです。 だから、ヨガではこの生命エネルギーの温存をとても重要に考えるのです。 温存することで、自分自身の中における生命エネルギーの循環を高め、また温め、それにより自分の気の巡りがどんどん整い、非常に効果的に自己治癒が進む、というプラクティスがヨガなのです。 …あなたのジムやご近所のヨガ・ティーチャーは…、こんなこと知っていますかね? フィットネスとしてのヨガも、伝統的なヨガも、わたしは今の現代社会にはどちらも意義があるものだと思っていますが、本当に効果的なものに取り組もうと思うのならば、ここ数十年で発達したメソッドと、何千年も継承されてきているメソッドと、その効果は比べものにならないですよ。 Try it to find out. Test it to see for yourself. See how it feels, and what kind of Magic it creates in your [...]

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2015/10/03

また…青い目の僧侶、ことネルケ無方先生に、わたしの知らない日本語を教えていただきました。(笑) さすが仏教の世界で日本語を学び、覚えてきており、数々の著書を持つネルケ先生であるからこそ、インター育ちのわたしにとっては最早めずらしいことでもなんでもないのですが。今回はvedaの母(!)スタジオ・マネージャーを務めるOちゃんもネルケ先生に「これ、なんて読むんですか?」と聞いていたから、ちょっとほっとしたわたしでした。(笑) そったくどうじ。 と読むそうです。 「啄」の意は、まだ卵の殻の中にいるヒナ鳥が、内側から殻をつつくことを表しているそうで、自然界では何事もウルトラ素晴らしいタイミングで起こるということで、どうやら実際のところ母鳥も、このタイミングで外側から殻をつつき、砕くことを手伝うそうです。「啐啄」とは、何かをするのに絶妙なタイミングを指す表現だそうです。 これはきっと… 兵庫県の山奥にある安泰寺という、ほぼ自給自足しているお寺の住職を務めるネルケ先生のvedaでの禅ワークショップの際に、以前わたしが「師匠と弟子の関係について教えてください」という質問を投げかけたことから始まっている流れでもあり…。禅において悟りを開こうとしている弟子に、師匠がうまく教示を与えて悟りの境地に導くことを指す表現であるそうです。 今回、金曜日のわたしのヨガ基礎クラスにご参加いただいたネルケ先生ですが、その際に、こんな棒をいただいたのです: これは、坐禅で坐る練習をする時に(希望する方に)使われることがある警策(きょうさく)という棒だそうですが..。 この秋からFreshにveda講師として加わっていただいたネルケ無方先生。「vedaでのワークショップの際に使わせていただくので、よかったら置いてください。もちろんmae先生もヨガの時に使っていいです」と。(笑) ということで、早速この棒でアジャストしちゃうぞおぉ〜と冗談をいいながら進めた基礎クラスとなりました☆ けど何より、この「啐啄同時」という言葉はわたしのハートにもズバッと入るものがあるのです。 個人的な捉え方かもしれないけど、ヨガの世界でだって、アーサナ練習や呼吸、そして瞑想練習。カラダだけに留まらない、カラダと心と精神をも統一していくプラクティスを継続していく者にとって、「自分」独りの力では届かない境界線を感じることは確かだからです。 それは、ヨガや禅だけでなく、人生そのものに言えることでしょう。 人は、独りで生まれてこないし、 人生は、独りで生き、悩み、また解けるものでもないと、そう感じるのです。 Just as much as we inhale- we must exhale. 頑張る、という働きには「自分の努力」が欠かせないものです。これは、呼吸で言うと息を吸うことにあたり、陰陽でいうと「陽」の働きで、中心へと向かっていく、集中の動きです。 同時に、「吸う」や「頑張る」の対極が「吐くこと」であり「手放すこと」。それが「陰」の時間です。 すなわち、吐くこととは「頑張って」は、できないのです。 その意味そのものが、Let It GO. なのです。 We 頑張る、 and then we Let It GO. ひいては、頑張ったままだと、手に入らないお恵みがある、ということを指しているのだと思います。 「Ask, and it shall be given to you.」 キリスト教の聖書にだって、そんな言葉があります。 尋ねて、求めて、初めて入ってくる”答え”がある。 また、受け取る準備をすることは、尋ね求めた後に、「受け取り体勢」に入ることでもあり、それは「答え」の形やタイミングを、自分の勝手な思いによって閉じ限らないことも意味しているのだと、わたしは自分のプラクティスにおいてつくづく感じるようになりました。 コンセプトスタジオvedaでは、オープン当初から「カラダだけに留まらない」ヨガであったり、カラダ/心/精神の調和を計らう大きな健康のプラクティスを提供することを目的としております。 この度、こんなにたくさんの人気著書を持っているネルケ無方先生のような本物のTeacherをvedaにウェルカムできることは、わたしにとっても大きな誇りであり、ぜひみなさまにオススメしたいのです! ネルケ無方先生の、officially [...]


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